無料ブログはココログ

« 帰国フィーバー冷め易し!? | トップページ | 土佐の珍道中 ~前編 »

考えないクセ

またまたつい、ブログ間隔がかなり空いてしまったなあ~

やっと落ち着いた世田谷の新居にパソコンデスクがなく、ドイツで使っていた朝食用テーブルを兼用しているという言い訳はあるけれど (*^o^*)

今回のテーマは、日本に帰国して気になることのひとつ。

うまくまとまりがある形で言えないんだけど、どうも「考えないふり」をしている人が多い気がして、各所で事あるごとに気になるのだ。

仕事のプロセスとか、顧客対応とか、サービスとか、生活の仕方とか、日常のいろいろな局面で、自分が一人ではない場面は多いだろう。上司とか同僚とかに囲まれているからだ。そういうときに、パターン化していない反応をしてしまう、つまり「既存の枠から外れる」ことを、極端に恐れている人が多いのを感じる。

電話での問い合わせなんかは一番典型的な例だ。何か情報を得ようとして業者に電話すると、「本人確認作業」から始まって次々と形式的なことをペラペラしゃべり、そのくせちょっとしたリクエストにも満足に答えられるだけの知識がない。ひたすら恐縮の言葉を繰り返すことだけは得意みたいだが。。。

型にはまった仕事というのは、世の中にたくさんある。工場の組み立て作業、野菜のパック詰め、レジの会計など、それぞれ大事な仕事であるし、一定の型にはまるものを間違いなく生み出していく精緻さは日本の強みだ。

しかし人間相手のサービス業でそれを行ったらどうなるのだろう。電話問い合わせの場合なんか典型だけど、お互いに「アホらしい作業をしている」ことを十分認識しているのだ。人間と人間の間に昔からあった自然で温かい触れ合いを「サービス標準化のため」に無理やり除去して、マニュアル通りの対応を強制する。顧客からのクレームを除去せんがため、顧客の心の満足も同時に除去する。こうして生まれる殺伐とした環境は、現代社会の悲劇だろう。

ドイツなど欧州では状況が異なっていた。もちろん、大手企業のコールセンターなんかは型どおりの対応を迫られる。でも、欧州人は日本人に比べてできるだけ自分らしく生きたいという欲求が強いので、自動音声かと聞き間違うような抑揚のない声で型どおりにしゃべり続けることはないし、もっと柔軟な対応をしてくれる。だから少なくとも、ロボットを相手にしているような気はしない。この「ロボット社会」については、Aちゃんも、日本で生活する上で一番気に障ることだと言っている。

欧州人は自我が強いから、他の同僚や上司と協力して最善の答えをしようという「気持ち」はあまりない。面倒すぎない範囲で、でも自分らしくリラックスして対応する。でも組織としての全体コーディネーションが悪いから、顧客は自分の要求が通るまで相手を変えて次々と粘り強くトライしないといけないから、欧州で生きていくのは日本より骨が折れる。もちろん誰も謝らないことは言うまでもない。

日本で残念だと思うのは、日本人のいいところを十分に生かした社会体制にすることが、もうできなくなってきていることだ。

議会制民主主義とかから始まって、産業化、IT化などがアメリカ主導で世界的に進んでいく中で、日本はそれをうまく「取り込んできた」んだろう。でも、90年代後半くらいから日本の指導階層のレベルが落ちてきて、今流行の「法令順守などのマニュアル化」などに関しては、全く日本の持ち味を生かしきれない形式的な追随に終わっているようだ。

一般的に言うと、日本人には「相手のことを思いやる気持ち」、「悪いと思う気持ち」、「周囲の和を乱したくない気持ち」が強い。だから、生き馬の目を抜く競争社会の原理や性悪説的な厳しい法体系などは元来必要なく、コンセンサスと調整機能を中心とした社会にしていけば、「肌に合う」社会、みんながもっと自然に生きられる社会ができるのだと思う。

日本にアメリカの原理を導入すると国益を損なうとかという議論はメディアでもいろいろあるけれど、なんでみんなそこまで「国益」にこだわるのかとても不思議だ。そんな高尚なことじゃなくて、国として何十兆円損したとか得したじゃなくて、もっと自分の気持ちに素直になったらどうだろうか。自分たちが自然体で楽しく生きられるために、どんな社会を作ったらいいか考えればいいと思う。

日本人は、いい意味でお互いに遠慮して自我を主張しない傾向がある。そういう社会に無理やり「はやりのイデオロギー」を押し付け、小学校の学級評価は廃止するけど社会に出たら勝ち組と負け組に二分しましょうみたいな極端が強制されているから、みんな混乱させられているように見える。

その副作用が、「考えないクセ」なのかもしれない。現代の職場環境は、上級管理職以外の大半の人の思考力を奪い、感情も無視した定型サービスを強要している。だから、「じゃあ、考えないで言われたとおりやろう」となり、労働時間はロボット作業に徹することになる。みんな、余暇の時間には真剣にニュースを見て、友人と語り合い、いろいろな議論を交わしている。彼らは考えていないのではなくて、考えないことを強要する社会に負けていると言えるかもしれない。

補正予算とかなんとか景気対策よりも、言いたいことを言える住みやすい社会を作り上げていくことが、社会の幸福度アップにずっと役立つんじゃないかと思う。数字で人は幸せにならないからね。

次回はまたまた旅編、ディープな高知の旅で~す!

« 帰国フィーバー冷め易し!? | トップページ | 土佐の珍道中 ~前編 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 考えないクセ:

« 帰国フィーバー冷め易し!? | トップページ | 土佐の珍道中 ~前編 »

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31