日本人の美学
うちの娘ももう生後3ヵ月になるが、新生児だった頃に比べて寝かせるのがだんだん難しくなってきた。一回に寝る時間は長いのだが、それだけに寝つくまでのハードルが高くなっている。俺のやり方はよくないようでどうしても泣き止んでくれないので、一日で一番大事な夜に娘を寝かせつけるのは、Aちゃんの専門稼業となっている。
俺の勉強が足りなかったせいもあるのだが、疲れたら寝て休むと回復して再び元気になるという基本的なことを、赤ちゃんは知らないらしい。だから疲れると気分を害して泣き始める。泣くと疲れるからさらに機嫌が悪くなり、大声で泣きじゃくる。寝かせるには赤ちゃんが好む体のポジションやあやしかた、音楽や光加減など微妙な感覚を知り、しかもその日のモードに合わせて臨機応変に応対する必要があるのだ。世の中のお母さんは大変だとつくづく思う 笑
このような経験を何百回も繰り返すうちに、ある年齢になると「そうか、疲れたら寝ればいいんだ」ということがわかってくるらしい。
もちろん大人ならそんなこと、誰でも知っている・・・はずだ。しかし実際はどうだろう? 疲れても泣き続ける娘を見ていて思うのは、自分の肉体的限界をあまり認識していない人が多いように思われる事実である。それは何故か外人よりも日本人に多い。
会社のプロジェクトなどが忙しくなると、ビジネス界では睡眠を削って仕事しなくてはいけないこともある。そのような時、「とことん限界まで頑張って」ある瞬間ぶっ倒れる人が、日本人にはなぜか多い。
冷静に考えれば、業務がどんなにきつくても、いきなり自分が途中で倒れて病院に運ばれ長期間稼動できなくなるよりは、多少手を抜いてでも継続的に最後まで一貫してやり遂げるほうが、関係者への迷惑度はよっぽど少ないことは自明である。健康管理というのは自己責任であり、誰も担保してくれないからだ。自己責任主義が徹底している欧州の管理職では、わかっていてそういう無茶な行為をする人は極めて少ない。そんなことをしたら自分も周囲も損するからだ。
「突然バタン派」が日本人に多い理由は、社会構造があるように思う。会社では、夜遅くまで社内に残っていることや週末にメールを出すことが「評価」される。もちろん人事規定では早く帰宅することを表向き「推進」しているが、実態は逆である。俺は東京で某金融機関にいたとき、この「考え方」があまりに馬鹿馬鹿しいので、時々夜6時に会社にかばんを置きパソコンをつけっぱなしで友人と飲みに行き、11時過ぎに会社に戻ってきて、あらかじめ用意しておいたつまらないメールを1-2本打ってからパソコンを閉じて帰宅していたものだ。
この論点を更に突き詰めると、日本人の精神論に辿り着く。“生きていてこそなんぼ“という人生本来の根本よりも、「あるミッション(=使命)のために堂々と果てること」が社会的に美化・評価される。そのためには他の事を一切考えず(=お上に任せ)使命だけのためにひた走り、最後はカミカゼのごとく果てるのがよしということだ。
為政者のために都合のよい精神教育が徹底していてた戦前戦中は、日本人は精神的に今よりずっと強かったのだと思う。この精神教育は日本人のマインドにぴったり来るからだ。お上の権勢ががたつき上下の社会系統が崩れつつある現在、世界で通用する日本人が少なくなっているのは、彼らが「拠り所を失っている」からであろう。
日本人の志向を考えると、日本という国を再興するためには、天皇などわかりやすい人を錦の旗に、誰か強い人が出てきてリーダーシップを発揮し、「いいから俺についてこい」とドンドン仕組みを作ってグイグイ引っ張ればいいだけなのだ。
まあ、実際いつになることやら~
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