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欧州の大寒波

しばし報道されているように、今欧州には大寒波が襲っている。

ハイデルベルクでも、日中でマイナス6-10度の日々が続いていおり、これには北海道人のはずの俺でもかなり堪える。家ではメインのバスルームの冷水が凍って使えなくなり、ゲストルームでシャワーを浴びざるを得なくなっている。聞くと大家さんの家でも一部凍結被害は出ているようだが、町では全般に何も支障なく日常が行われているようである。

北海道は雪も多く寒いと思われがちであるが、生まれ育った小樽ではマイナス10度になる日は数えるほどしかなく、それも夜間が中心であった。マイナス10度の夜に外出すると路面の雪がさらさらしていて、歩いても足跡もあまりつかず、まるでザラメのようにこぼれる。踏みしめるときのキュッキュッという音が快感であったのを覚えている。

それに比べ今年の欧州中部の寒波は、毎日が青空快晴で乾燥しており、雪は全くないし、霜も畑など以外ではあまり見かけない。天気がいいのに、とにかくただひたすら寒いのだ。

先週出張していたポーランドでは毎日さらに寒く、通勤の車の温度計はいつもマイナス12度~13度であった。車のエンジンがかかるのに時間はかかるし、後ろのトランクは凍り付いてなかなか開かない。

しかし、冬にマイナス20度になることに慣れているポーランドでは、報道によれば一部死者なども出ているとは言え、全般的にはこのくらいの寒波には万全の備えができている。あまり暖房設備らしきものは見当たらないのに、オフィスも工場内も非常にポカポカしている。トラックなどで移送中の製品が凍りつかないような措置も、きちんと取られている。

ポーランドでは、オフィスは18度、作業場は14度以上に保たなくてはならないという法律があり、これに違反すると会社に多額の罰金が科せられる。罰金を恐れて冬に会社を閉めているところが見当たらないというのは、それに対する備えがちゃんとできているということであろう。

備えあれば憂いなし。その意味で可哀想なのは南欧である。イタリア、ギリシャ、トルコなどで大雪になっているようだが、暖房や除雪など冬の備えのない場所で大雪が降れば、大混乱になることは避けられないからだ。

メキシコ湾の石油流出事故や温暖化で北極の氷が溶け出していることから、メキシコ湾流が弱まって欧州が寒冷化しているようであるが、温暖化の究極は寒冷化だという説の正しさが身にしみてわかるような気がする。

それにしても寒いよ~

草食系思考の海外戦略

野村證券の唯一の外国人エグゼキュティブが突然辞任するというニュースがあった。ホールセール担当の55才のインド系。理由は自分の部署で巨額損失を出し、グループ全体も傾いている中で、全社のリストラのやり方について日本人の他の経営陣と対立したかららしい。

これは野村證券の海外戦略が失敗した(=終わった)象徴のような出来事である。そして、野村の失敗は、日系企業の海外戦略の失敗のお手本みたいなものだ。

野村は「はかない夢を見た」。2008年のリーマンショックのさなかに、米国の人員を倍増し、欧州とアジアのリーマン・ブラザーズの組織を買収した。競合のほとんどが事業縮小に動いているときに、「逆張り」で勝負に出た。野村は、「投資銀行業務を劇的に拡大しグローバルプレーヤーになるために、経験あるできる人材が大量に流出している今が絶好のタイミング」と宣伝した。何とも得意げだったのを覚えている。夢は3年で終わった。

野村のリーマン買収を当時ニュースで見たときには、目が点になり言葉を失ったのを覚えている。こんな馬鹿な決断がマジで信じられなかったし、120%失敗すると思った。当時国内外の報道では半信半疑のコメントが多かったが、「絶対に失敗する」と断言したものはなかったように記憶している。

野村の海外戦略はなぜ失敗したのか? 高コスト構造を先に抱え込んでおいて景気が悪化し、投資銀行部門全体が世界中で縮小し日本本体の利益も縮小する中で、海外の固定コストに耐えられなかったためである。

こう聞くと、「予想外の景気悪化が原因」と思ってしまうが、それは表面的な理由である。それだけでは、俺が「120%失敗する」と最初から確信できた理由にならない。未来の景気の推移など俺にわかるわけがないからだ。

俺から見ると、失敗の深層の理由は明らかである。草食系の経営組織で肉食系の土壌で勝負したから負けたのである。どうもうな犬の集団のボスが猫で務まるわけはない。勝負する前から負けを「直感できない」のが、残念ながら、日本人の頭脳で思考する組織なのだ。

野村はこう考えた。「グローバルに戦うには、グローバルな人材が必要。それが今、手に入る。資金もある。だから思い切って彼らを取り込めば、勝てるはず」。

このまっとうそうな考えのどこが間違っているのだろう? 投資銀行業務は海千山千の、極論すると騙し合いの世界、つまり肉食系の代表のようなものである。競合のトッププレーヤーはつわものばかりで、だからこそ欧米人やインド人が主流。彼らをアメとムチでうまく操って利益という結果を出すには、彼ら以上に長けて利口で狡賢い経営が必要なのだ。

日本企業は、経営だけはそのままでスタッフを国際化すれば勝てると思っている。しかし真実は逆であり、スタッフが日本人ばかりでも経営(=トップ)が国際化すれば勝てる、正確には少なくとも勝てる可能性が出るのだと思う。日産自動車がいい例だ。

野村は経営が日本的、つまり草食系なままで世界中で外人をいっぱい採用し、国際化にチャレンジした。本社では遅く合議的な意思決定システムを温存し、「大半が日本人取締役の組織に選択的・段階的に少し外人を入れる」という典型的な方式で、危機が起こると反対した外人をまた締め出し、最後は日本人オンリーの組織に戻って行った。まるで教科書のような失敗例だ。

日本人の組織で「経営の精神面の国際化」を図ることは、非常に困難であると思う。でも、それは必須ではない。自分の精神性を曲げようとしてまで無理をするのはなく、「自然体」でもフィットして勝てそうな事業対象や市場に絞って地道に稼げばいいのにと思うんだけどなあ。

通貨危機は法改正で解決できるか!?

欧州金融危機の発端でもあるギリシャでは資本・資金逃避が続いており、国内から預金がすごい勢いで引き出されているという。通常はユーロ建ての商業契約書でも、「ユーロないしギリシャ政府が将来定める流通通貨」と定める例が出てきているようなので、少なくともギリシャでユーロ使用が終了する日は近づいてきていると思われる。

問題はユーロがどのように終わるかである。ギリシャ・アイルランド・ポルトガルなど市場の集中攻撃を受けている国だけがユーロを離脱するのか? それとも、ユーロという通貨自体がこの世からなくなって各国が旧通貨を導入するのか? 個人的には後者の可能性が高いと読んでいる。

共通通貨ユーロの最大の享受者であり最強の経済力を持つドイツ政府は、「優等生グループ」だけに絞り込んで何としてもユーロを死守することに集中している。財政規律の弱い国を改正EU法で縛りつけて規律を課し、ダメなら罰則、それでもダメならユーロ離脱ないし国家破産をさせる仕組みをちゃんと作ろうというわけだ。切り札とされているユーロ債も、できれば「優等生グループ」だけで作りたいとの発言が出ている。

この考えは実にドイツ的な正論なんだけれども、実際には機能しないと思う。法律を作って縛れば世の中がうまくまとまるというのは順法精神が高い国民の考え方で、法律なんてどうでもいいと思っている人たちや国家もあるということを、ドイツ人はいまだにわからないようだ。規律を最初から守っていればこんな放漫財政にはならない。今だけ良ければいいと思ってカネを使ってきたからそうなったのだ。そのような国民性の人たちにたとえ法律を変えても、何の縛りになるだろうか?

さらに言えば、法律を作ってルールをクリアーにすればいいのだという考えは、こと通貨に関してはもともと根本的に通用しない。通貨とは紙切れに書いた約束事に過ぎず、何の現物資産の裏づけもない。ある通貨を使い続けるのは、その通貨の発行国への信用があるからに過ぎず、その信用は法律事ではなく、あくまで「信用したい気持ち」の集合体に過ぎない

今のユーロ圏EUには加盟国がユーロを離脱する場合の基準や手続は何も定められていないし、先例もない。でもドイツ政府の主張するように、「この基準に達したら警告、ここまで来たら離脱準備、さらに数条件が満たされたら強制離脱ないし強制国家破産」とクリアーに定めてしまったら、その基準に触れそうな国家が複数あるような危ない通貨として、ユーロという通貨自体が逆に魅力を失うと思う

しかし、“あいまいだから魅力だ”という感覚がドイツ人にはなかなか伝わらないということも、これまた実によくわかる 

ドイツ人は法律は神より絶対的なものだと、心底思っている人が多い。この前、企業年金の破産保険(=会社が破産した際に会社に代わって年金を支払うという保険)をかける必要がある件で、従業員に聞いてみた。

「保険の受け手はコメルツバンク(=ドイツ第2位の都市銀行)で本当にいいの? もうすぐつぶれるかもしれないってしきりに噂されているけれど。別な銀行を検討しようか?」

「いや、コメルツバンクで大丈夫です。法律的には、もし保証者である銀行が倒産したら国家が救済すると書いてあるから平気です。」

「そうだけど、国はそんな法律いつでも変更できるんだよ。」

「・・・」

ドイツからユーロが消える時に初めて、彼らは法律が絶対安全じゃないことを思い知るのかもしれない。

超高価な暖房用燃料

今週の2日間、東ドイツの中都市マグデブルクの暖房は、豚インフルエンザのワクチンの焼却熱で賄われるという。この町にある大規模焼却施設がドイツ中で余ったワクチンを集めて焼却し、熱に転換するからだ。これ以上に高額の“燃料”は、おそらくないであろう。

2009年に発生した豚インフルエンザではドイツの各州が計5000万箱を注文したが、実際に納品されたのは3400万箱。そのうち余っているのは、なんと2870万箱であるから、要は80%以上が未使用だった。これによる政府の損失は2.3億ユーロ(=250億円)

ワクチンの保存期限が来たので処分するしかなくなったのだが、処分場の競争入札の結果、14,000ユーロ(=150万円)の最低価格でマグデブルクの焼却施設が“落札”したという。ワクチンや容器は生炭程度の熱量が出て家庭ゴミより効率が高いので、処分場にとっては「歓迎したい」ゴミだとのこと。実にドイツらしい、合理的な手続である。

製薬会社は大もうけしたのであろうが、ドイツ州政府にとっては莫大な損失になってしまった。健康保険は実際に使用された分しか払わないから、残りは州、すなわちドイツ社会全体の損失になる。

なぜこのようになってしまったのか? 州が購入しすぎた理由としては、まず豚インフルエンザの規模が予想不可能であったことがある。政府としては“万一の場合を考えて”多めに注文しておくことを選択するしかなかった。

しかも、当初は1人あたり2回注射しないと効かないとされていたのに、後になって実は1回の注射で十分であるとの判定に変わったらしい。それに、多くの人は副作用を憂慮してワクチン接種をしなかった。

豚インフルエンザのワクチンを巡っては、先進各国とも「注文した分の大半が在庫」という状態であったことが知られているが、2年後には「在庫処分」の日がやってくる。

ワクチンは有効期限が切れたら処分が必要であり、また将来社会的に同じ疫病が流行したとしても、新規に注文するしかない。疫病が少しでも違うタイプであれば、もちろん別のワクチンが必要になる。しかも、薬の成分や効能を知り尽くしているのは製薬会社であり、政府側にはワクチンという“ブラックボックス”の中身はわからない。現在のシステムでは製薬会社が圧倒的に有利な立場にある。

ワクチンの副作用などは、当然、実際の接種が始まってから初めて徐々に明らかになってくる。今回もかなりの副作用が出ているという情報が多かったので、まともな神経の人なら接種は拒否したと思うし、もちろん俺も絶対にこんないかがわしいワクチンを接種する気はなかった

しかしワクチン製造には時間がかかるので、政府は副作用の結果がわかる前に発注しなくてはいけない。しかも製薬会社は、まるでアップル社の新製品リリースの時のように、“製造が間に合わない!品薄だ!早い者勝ちだ!”という雰囲気を徹底的にかもし出す作戦に出て人心を煽るものだから、なおさらである。さらに、製薬業界の政界でのロビー活動勢力は強大である。

このワクチンに関する“構造的に不可避な社会損失”は、現代社会の闇を表しているように思えてならない・・・

日本人の美学

うちの娘ももう生後3ヵ月になるが、新生児だった頃に比べて寝かせるのがだんだん難しくなってきた。一回に寝る時間は長いのだが、それだけに寝つくまでのハードルが高くなっている。俺のやり方はよくないようでどうしても泣き止んでくれないので、一日で一番大事な夜に娘を寝かせつけるのは、Aちゃんの専門稼業となっている。

俺の勉強が足りなかったせいもあるのだが、疲れたら寝て休むと回復して再び元気になるという基本的なことを、赤ちゃんは知らないらしい。だから疲れると気分を害して泣き始める。泣くと疲れるからさらに機嫌が悪くなり、大声で泣きじゃくる。寝かせるには赤ちゃんが好む体のポジションやあやしかた、音楽や光加減など微妙な感覚を知り、しかもその日のモードに合わせて臨機応変に応対する必要があるのだ。世の中のお母さんは大変だとつくづく思う 笑

このような経験を何百回も繰り返すうちに、ある年齢になると「そうか、疲れたら寝ればいいんだ」ということがわかってくるらしい

もちろん大人ならそんなこと、誰でも知っている・・・はずだ。しかし実際はどうだろう? 疲れても泣き続ける娘を見ていて思うのは、自分の肉体的限界をあまり認識していない人が多いように思われる事実である。それは何故か外人よりも日本人に多い。

会社のプロジェクトなどが忙しくなると、ビジネス界では睡眠を削って仕事しなくてはいけないこともある。そのような時、「とことん限界まで頑張って」ある瞬間ぶっ倒れる人が、日本人にはなぜか多い

冷静に考えれば、業務がどんなにきつくても、いきなり自分が途中で倒れて病院に運ばれ長期間稼動できなくなるよりは、多少手を抜いてでも継続的に最後まで一貫してやり遂げるほうが、関係者への迷惑度はよっぽど少ないことは自明である。健康管理というのは自己責任であり、誰も担保してくれないからだ。自己責任主義が徹底している欧州の管理職では、わかっていてそういう無茶な行為をする人は極めて少ない。そんなことをしたら自分も周囲も損するからだ。

「突然バタン派」が日本人に多い理由は、社会構造があるように思う。会社では、夜遅くまで社内に残っていることや週末にメールを出すことが「評価」される。もちろん人事規定では早く帰宅することを表向き「推進」しているが、実態は逆である。俺は東京で某金融機関にいたとき、この「考え方」があまりに馬鹿馬鹿しいので、時々6時に会社にかばんを置きパソコンをつけっぱなしで友人と飲みに行き11時過ぎに会社に戻ってきて、あらかじめ用意しておいたつまらないメールを1-2本打ってからパソコンを閉じて帰宅していたものだ。

この論点を更に突き詰めると、日本人の精神論に辿り着く。“生きていてこそなんぼ“という人生本来の根本よりも、「あるミッション(=使命)のために堂々と果てること」が社会的に美化・評価される。そのためには他の事を一切考えず(=お上に任せ)使命だけのためにひた走り、最後はカミカゼのごとく果てるのがよしということだ。

為政者のために都合のよい精神教育が徹底していてた戦前戦中は、日本人は精神的に今よりずっと強かったのだと思う。この精神教育は日本人のマインドにぴったり来るからだ。お上の権勢ががたつき上下の社会系統が崩れつつある現在、世界で通用する日本人が少なくなっているのは、彼らが「拠り所を失っている」からであろう

日本人の志向を考えると、日本という国を再興するためには、天皇などわかりやすい人を錦の旗に、誰か強い人が出てきてリーダーシップを発揮し、「いいから俺についてこい」とドンドン仕組みを作ってグイグイ引っ張ればいいだけなのだ。

まあ、実際いつになることやら~

ドイツの雇用制度と事業再編

今年の8月初旬、ドイツ中西部を基盤とするドイツ最大の電力・ガス会社E.ONが世界の11,000人のリストラを発表して大きく報道されたことがある。うち6500人はドイツ勤務者が対象だ。

これまで安定雇用主の象徴であったE.ONの社員は、一瞬にして不安定な状態に突き落とされた。「銀行の住宅ローンを延長しようとしたら会社名を理由に拒否された」などの例もあるらしい。

ロシア経由のガス供給契約などの関係で供給コストが大幅に増加しビジネスモデル変更を余儀なくされたなどと報道されているが、もともと利益の大きいはずの独占系エネルギー業界最大手がそれだけが理由でここまでのリストラが必要とはちょっと考えられない。きっと他にも、欧州マーケットの将来性自体に密接に関連するもっと深い構造的な理由があるのではと察する。

通貨危機が続き固定費が高い欧州で大規模リストラを“突然”実行するのは、欧州系・外資系を問わず今やトレンドになりつつある。国民の安定志向が極めて強いドイツでは、この動きは社会的にも大きな衝撃なのだ。

E.ONはリストラに際し、人員削減の大枠だけを発表したが、具体的な時期や部署などのプランはいまだに発表していない。各部署がいまだに「作業中」ということになっている。しかし、E.ONリストラ発表から3ヶ月を経過してもまだ詳細を発表しないのはなぜか

それはひとえに、労働組合対策である。ドイツでは労働者の権利が非常に守られており、労働者は全員でひとつの団体として会社側と徹底的に交渉する。その結果、時間ばかり取られて妥協を迫られ、コストと人員の削減はドンドン骨抜きになっていく。

労働者側の交渉余地を以下に最小限に留めるかが、ドイツのリストラでは何よりもキーになる。人員削減のプランが経営から発表されないと、それに対する対抗策も彼らは打ち出せないからだ。

リストラの全体を発表したまま何ヶ月も放置すると、社内の雰囲気は当然乱れ、社員の士気は落ち、転職者が出たり、会社としての利益体質自体も弱体化していく。これは実際に起きていることだが、それを承知の上でそのような戦略を取らざるを得ないほど、ドイツの労働法の問題は大きいと言える。

マスコミはそのような経営陣の態度を叩くので、E.ON経営陣は最近労働者と交渉テーブルにつかされている。しかしこれも計算のうちであり、交渉テーブルにつくまでの時間をなるべき稼ぎ、その後も引き延ばし続けているうちに時間切れとなり、それから突然詳細を発表して実行する算段なのだろう。

次回はドイツと全く異なる、ポーランドの雇用事情に触れてみたい。

ドイツは経済危機なのか!?

欧州の通貨危機が日ごとに緊迫感を増す中、利益目標に全然到達できなかった会社のリストラが急激に増加している。

アジアでは自然災害、欧州では経済危機、アメリカでは両方が同時に襲ってきているご時勢であるが、よくぞこれだけ躍動感ある時代に生を受けたものだ。

欧州のリストラに話を戻そう。野村(欧州部門)やクレディスイスなどの金融系大手の4ケタ台の人員削減が大きく報道されているが、もともとボラティリティーの高い金融業界のリストラは何も目新しいことではない。むしろトレンドとして注目すべきなのは産業系のリストラである。

興味深いのは、ユーロ圏金融ワールドでこれだけ信用伸縮が続いているというのに、実体経済への影響はまだまだ軽微であり、むしろ今から本格化するということだ。もちろん地域により差は大きい。GDPが対前年比10%以上下がっているギリシャを筆頭に、買掛金回収が実際に遅れてきているスペインなどは「進んでいる」。

これに対しドイツでは、表面的に見ると状況は危機どころか改善し続けているようにさえ見える。ハイデルベルクのあるバーデン・ヴュルテンベルク州の失業率は史上最低の3%台水準であり、季節修正済の雇用データは10月でさえも改善を続けているのだ。

社会の雰囲気は平穏そのもの。車の販売数も増えており、VW PassatA4などのビジネス車の標準モデルで新車の納期待ちが4-5ヶ月となっており、Europcarなどレンタカー大手もドイツ市場だけのために数千大規模で新車を購入している。

Occupy Wallstreetを真似てフランクフルトやベルリンでデモをしている若者でさえも、暴動など全くなく、あまりの品行のよさに、デモ行進で通る街道に面した商店主が「おかげで売上が増えた」と喜んでいるほどである。

しかし、経済危機はドイツでも周回遅れながら確実に始まっている。そして、始まったばかりながら進行はウイルスのように実にすばやく浸透しているように感じる。その最大の証拠は、中~大会社の利益幅が急激に薄くなってきており、耐え切れない企業がリストラに踏み切っていることだ。そして、雇用の受け皿になる“成長企業”はほとんど出てこない。

失業者数は今後増加するだろうが、もともとの経済基盤が強く失業率も低水準なので、今後しばらくは社会的に持ちこたえられるものと思われる

ドイツのリストラの今については、次回もう少し詳しく触れてみようと思う。

欧州の地政学的変化

ギリシャ金融危機をより”広く”考えると、今日の欧州の地政学(ジェオ・ポリティクス)的な大きな変化が見えてくる。

ギリシャ危機で実際に何が起こっているのか? という疑問に関する回答は簡単。”送金”である。

ユーロ圏各国の財務省からフランクフルトの欧州中央銀行へ、そこからギリシャ財務省へ、そして債権者へとカネが流れている。それぞれの送金明細も探せばちゃんとあるらしく、経緯を事細かに道している記事も出ている

そして、この”送金”は既に何度も行われいる。このまま行けば、ギリシャ国債の債権者が全て欧州中央銀行になってしまうまで、まだまだ続くものと思われる。

”カネの出所”の大半はユーロ圏の大国であり、国民の税金ないしそれを担保に市場で調達しているカネだ。

格付や債務調達金利の推移からみて危ないと言われている、ポルトガル・スペイン・イタリアがギリシャ並に落ち込めば、また同様の”送金”が行われるのだろう。

台所の苦しい政府による、公務員賃金や補助金カットなどに反対する大規模デモは、ギリシャだけではなくスペインなどでも起きている。こうなったのは自分たちのせいじゃないと信じているからだ。

ドイツなど”カネの出し手”側の国民感情もかなり悪化している

単一通貨ユーロに対する信任が内部から揺らいでいる今、ユーロの貨幣価値自体も下がってきている。

一方で、EU新規加盟国の”東欧”であるポーランドやチェコは、購買力では西欧とまだ大きく差がありながらも、”プロジェクト欧州”への政府・国民の信頼は格段に高まってきている。ポーランドでは国民の83%が欧州シンパである。

6月には、ポーランドの大統領がベルリンのフンボルト大学で自身に満ちた講演を行い、欧州疲れしたドイツ人に「欧州思想の基礎」をレクチャーするという、面白い現象すら起きている。

EUでは複雑な補助金制度があるが、要は、貧しい地域・国を豊かな国が援助するという構図である。

5年位前までは、(農業分野以外では)資金の受け取り先はポーランドを中心とする東欧であり、だから東欧のEU加盟は失敗だったという論調も多かった。

しかし今では、経済同盟EUではなく通貨同盟ユーロという主体の違いこそあれ、豊かな西欧中心部からのカネの流れは明らかに東西ではなく南北であり、各国民の感情形成も南北のラインがより重要になってきている。

一方、東欧は着実に力をつけて欧州経済へ完全に組み込まれてきている。これまで欧州で二級市民扱いされてきた国民も自信がついてきており、東欧で物流や製造の欧州統括機能を司る会社も多く出てきている。

ベルリンの壁が崩壊して22年。40年間の冷戦による東西分断が払拭されるのに半分の期間しか要しなかったと解釈すれば、時の流れが如何に加速しているかということだろう。

世界で吹き荒れる金融危機が、実態経済のみならず「国民心理の地政学」にどういう影響を与えるのか? これからも注目していきたい。

風力発電に反対する人たち

福島原発の影響で、長期的な視野から原発の廃止を検討している国が複数あるが、2022年に全廃すると決めたドイツはその先鋒を行っている。

ドイツの場合は国民のきちんとした性格もあり、何年までに何パーセントの電力需要を原子力以外へ振り替えていくかという、細かな日程表がある。

ドイツの場合、最大の”受け皿”は風力発電である。現在既に電力の7%をまかなっている風力発電を、2020年までに20%にするという野心的な計画なのだ。CO2を出さず、巨大事故も起こさず、地域分散型で巨大設備の要らない風力発電は、エコ革命の理想イメージにもぴったりである。

思い返してみれば、ドイツの風景に風力発電用タービンが混じるようになってきたのは10年ほど前かと思う。その後、優遇策と補助金のおかげでタービンの設置は急激に増えた。

風力発電に適しているのは、言うまでもなく風の強い場所である。また、高ければ高いほど風が強いので、より効率がよい。

ドイツの地形は、ざっくりいうと北に海(バルト海・北海)があり、北半分はほぼ真っ平らであり、中部から南部にかけて谷や丘陵が多く、南部が山岳である。

それゆえ、ドイツの風力発電タービンの大半は北部ないし海沿いに位置している。ドイツ全体では、2万1千台のタービンが稼動しており、1200万世帯の消費量に相当する電力が発電されている。

俺は中南部のハイデルベルクに住んでいるので、日ごろあまりタービンを見ることはない。しかし、タービンの林立する北部では、実は深刻な問題を引き起こしている。

ドイツ人は一般的に田舎が大好きであり、静かな生活を求めて田舎に住み続ける、ないし移り住む人が多い。しかし、せっかくの緑の風景が徐々に発電タービンに”侵食”され、やがて体も蝕まれていくのだ。

タービンの近く(300メートル程度の距離)に住んでいると、風力1で高速道路沿い、風力2で乾燥機の回転中のような音と振動があるのだという。振動数(バイブレーション)で人間が通常知覚できないものでも、長期間浴びせられると体に影響が出てくる。結果として、耳鳴り、睡眠障害、高血圧、心拍障害などになってしまう

休暇などで他の場所に行くと症状は治まり、家に戻ってくるとまた再発するというから、原因は明らかだ。しかし、タービン間ないしタービンと住居間の距離の規定はあいまいであり、隣接する土地の所有者がタービンを建ててしまうと、もう手の打ちようがない

農家にとっては、都会から相当に離れたわずかな土地の貸借権で1タービン当たり18,000 - 20,000ユーロ(=250万円)を受け取れるというのは魅力的である。

これも突き詰めれば、土地の”無制限な”個人所有制度という資本主義の鉄則がもたらす問題だ。

産業革命時の欧州や戦後高度成長時の日本などでは、これ以上にひどい”公害”を、いやというほど経験しているだろう。

ただ今回は、原発を廃止して代替エネルギーを開発しましょうという国の方針の大転換であり、ドイツではエネルギー革命(Energiewende)と呼ばれるほどのものである。一般に、クリーンなエネルギーに変換するんだからポジティブなことだと捉えられているから、風力に反対するという運動は、世間的にやりにくい。

しかし、どんなに素晴らしい革命的な変化でも、犠牲者というのはどうしても出てくる。北ドイツではそれを声に出して活動する人も増えてきたし、欧州22カ国で同じような問題を抱える人達の風力反対ネットワークもできているようだ。

問題は風力だけではない。風力や太陽熱発電などの自然エネルギーは安定供給が難しい。”エネルギー革命”では、高圧送電網や、揚水式発電所、蓄電施設など、かつてない大規模投資が全国で行われる。

森に揚水式発電所を作ると地下水体系が壊れると反対している人もいるし、電磁波が体に悪い高圧送電線などを自宅の近くに作られることに反対している人もいる。

原子力・火力といった従来型発電は一極集中の大規模施設型であり、一般の人の普段の生活が発電プロセスに影響を受けることはなかった。つまり、発電のことを気にせず電力を使えたわけだ

これが”エネルギー革命”で自然エネルギーに転換されると、そうはいかなくなる。発電・送電・蓄電が分散化されるので、プロセスが誰の目にも見えるようになる。つまり、誰もがある程度の犠牲を覚悟しなくてはならなくなる

なんか後ろ向きに聞こえるけれど、これはきっと究極的には、地球環境のためにいいことなのだと思う。

セシウムやプルトニウムを撒き散らさないとか、CO2を排出しないとか、そういう目に見えないことじゃなくて、誰もが発電の代償を目で見て自覚しながら消費する。これによって、”エゴ”じゃない、本当の”エコ”意識が育っていくんじゃないかと、俺は期待している。

デンマークの反乱

デンマークが隣接するドイツ・スウェーデン国境での検問を再開する方針を決めた。国内右翼勢力の台頭し強攻策に出るしかなかったようだ。

理由は、国境を越えた犯罪や違法移民の取り締まり強化であるという。

実は、これはかなり(悪い方向の)”勇気ある決断”であり、悪い兆候である。

国境で検問するのがなぜおかしいの? と感じる方もいると思うので、ちょっとだけ背景を説明しよう。

欧州連合EU加盟国のうち、英国・アイルランドなど数カ国を除く大半の国(下の図の水色の国)は、シェンゲン協定に加入している。

Der Schengen-Raum

シェンゲン協定は、「人・モノの移動の自由」を規定するものである。加盟国間では、まるで国境がないかのように扱われるので、事実上国境撤廃ということだ。2001年から、車や電車、徒歩での出入りは自由であるし、検問所自体が既になくなっており、どこで国境を越えたのかわからないことすら多い。航空機で移動しても、入国審査はない。

これにより、欧州でのビジネスやプライベートでの移動は、相当楽になっている。今でも入国ゲートで車やトラックが列をなすスイス入国などに比較すると、時間的ロスが全くない。

貨物の税関検査などもないから、国境を越えた製造・物流の分業がまるで国内のように可能なのだ。

EU外からの旅行者も恩恵を得ている。観光ビザが必要な国からの旅行者は、シェンゲン内の1つの国からのビザさえあれば、20カ国以上を自由に旅行できるからだ。

デンマークはシェンゲン協定に調印している。本当は、きちんとした入国ゲートを作って検査したかったようだが、それは協定違反だからできない。だから、ギリギリのランダム検査という形にし、常時国境に係官を置き、国境は超スロー走行させ、怪しい車や人を抜き打ちで検査するようだ。

既にフランスやイタリアも違法移民や犯罪防止のため同様の対策を考えているようだが、本当に実行してしまうのはデンマークがさきがけとなる。

俺はデンマークへ車で行ったことはないが、よく行くフランスなどで国境検査が始めるとどうなるかを考えると、かなりぞっとしてくる。

問題は、国境で待たされる時間のロスだけではない。互いの不信感で各国が国境検査を始め、欧州統合の理想モデルに沿って20年以上かけて構築したシェンゲンというせっかくの仕組み自体が根っこから崩れてしまう危険があるのだ。

もともと、不法移民の取り締まりや合法化などのルールや政策が各国政府に委ねられているのに、先に国境を撤廃したことに若干の無理があったのだが、根本論である移民政策を統合するのではなく国境取締りを再導入するという、後ろ向きの解決策になってしまった。

今欧州ではギリシャの債務問題が一番注目されており、ギリシャ議会がコストセーブ案を承認したことでユーロの通貨連合がすぐに崩壊する危機はなくなった、ないし先延ばしになった。

でも、今回のデンマークの反乱は、欧州各国の足並みがまた乱れる原因になる。

今後各国政府とEU委員会がどう出るか、目が離せない。

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